海外紀行

2013年02月26日(火)  海外紀行

北京ダックの如く食べさせられている気がした。激しい膨満感で目が覚めた。

ただでさえ一日一食主義なのだが。日光で地震が発生したとNHKで流れた。

今日も快晴のようだ。ビルの谷間から昇る朝陽が神々しくて気持ち良かった。

甘んじて今日も北京ダックになろう。熱い珈琲を2杯も飲んで消化に勤しんだ。

帰国便の機内食も酷いのだろうか?そんなことを考えていたら憂鬱になった。

2013年02月25日(月)  海外紀行

昨日とは違い、大通りに面したホテルだったのでバイクの爆音に目が覚めた。

昨日とはいい意味で違い、98%美味しく食べることができたので満足だった。

たしか1019号室だったので10階なのだろう。部屋の窓から辺りを見渡した。

とにかくバイクが多い。特に平日の午前9時までは通勤バイクが異常に多い。

九份へ行った。前回は土砂降りだったが、今回は腐るほど快晴で嬉しかった。

しばし感慨にひたった後、台北へ戻り金品茶樓で小籠包など飲茶を堪能した。

日本で言うところの靖国神社と同じ忠烈祠は、豪壮な宮殿様式が眩しかった。

13時の衛兵交替式に間に合った。真正面から見ると圧倒的に格好良かった。

故宮博物院を訪れるのは2回目だが、平日の真っ昼間なのに大混雑だった。

中国人の団体客から「写真を撮ってくれ」とキヤノンのデジカメを渡されたので「は~い♪粉チーズ!」と2回も日本語バージョンでシャッターを押してやった。

中正紀念堂に着いたときには薄暗かった。もう少し故宮博物館にいたかった。

ちょうどランタン祭りの開催時期だったので中正紀念堂内にも装飾してあった。

梅子餐廳の豚の角煮は香料が強くて不人気だったが、その他は絶品だった。

2013年02月24日(日)  海外紀行

目覚ましを5時にセットしたが案の定、その30分前には目が覚めてしまった。

6時に朝食会場へ行った。食べたいと思うものがなかったので珈琲を飲んだ。

水運で栄えた三峡を観光した。由緒ある清水祖師廟とレンガ造りの街並みが印象的だった。日曜日は祭りなのかとても賑やかだったが、異様に癒された。

その後、陶磁器の街・鶯歌へと移動した。立ち並ぶ陶器店で目の保養をした。

25℃を上回っていたと思うくらい暑かった。途中で半袖Tシャツ一枚になった。

さらに移動すると滔滔と流れる淡水河と観音山を眺めた。風が心地良かった。

思っていた以上に立派だった淡水駅。次は台北からMRTに乗って訪れたい。

シャボン玉が風に乗って花粉の如く飛んでいた。私はシャボン玉が大嫌いだ。

淡水駅前の大通りは、いかにも都会風だった。夜の街を観てみたいと思った。

6個入りを買ったが、この鯛焼きは東京に存在するのだろうか?いや、しない。

〆に四川料理を食べた。日本人向けに調理してあるとは言え、少し辛かった。

2013年02月23日(土)  海外紀行

中国からの大気汚染がちょっと気がかりだったが安さに負けて台湾へ行った。

井上陽水の『氷の世界』を聴きながら食べたキャセイパシフィックの機内食は想像以上に不味かった。それこそ全身が吹雪で凍てつくようなレベルだった。

桃園国際空港近くの城市商旅航空館に着いた頃にはもう太陽は暮れていた。

2012年09月15日(土)  海外紀行

けたたましい音が鳴り響く信号機にも慣れた朝、空港に向かうバスを待った。

赤いタクシーのほとんどがトヨタのコンフォートだった。3日間の快晴を喜んだ。

バスの中から撮った。すぐ後ろに座った中国人のいびきがけたたましかった。

全日空1242便のビーフの赤ワイン煮込みは、明らかに私の選択ミスだった。

2012年09月14日(金)  海外紀行

レインコートどころか、折りたたみ傘の心配もない国宝級レベルの快晴だった。

香港島へと渡るために地下鉄を利用し、スターフェリー・ハーバーに到着した。

怪しい不気味な集団に徹することができない中途半端なところが滑稽でいい。

下船後、香港で2番目に高いIFCタワー2を眺めていたら首と肩が痛くなった。

見た目通り爽快な2階建てオープントップ・バスに乗って上へ上へと向かった。

この道を経営破綻したヤオハンの元社長も通ったかと思ったらなぜか笑えた。

「百万ドルの夜景」で有名なヴィクトリア・ピークだが、私にとっては『慕情』だ。

このスカイテラスだが、高所恐怖症の者からすれば罰ゲームとしか思えない。

ハーゲンダッツの店舗があったが、今ひとつ胃腸が心配だったので我慢した。

「Love is a many splendored thing~♪」と口ずさんだ。それ以降は知らない。

ヴィクトリア・ピークの山頂駅から山麓駅に下るピーク・トラムの先頭に乗った。

その後はストリート・トラムの2階最後尾に乗った。とにかく乗り物三昧だった。

空腹感が五臓六腑に吐息を漏らしたので典型的な地元の大衆食堂に入った。

とても税理士のそれとは思えない、レッドロブスターのような異様に太い腕だ。

海沿いのワインディングロードを激しい運転で走るバスに揺られてやって来た。

「謝りなさい。とにかく頭を深く垂れて私に謝りなさい」と神々しい念を送った。

いくら撮っても原価は0円だし、せっかくなので車公廟で記念写真を撮影した。

名古屋のJRタカシマヤにも入っている鼎泰豐で夕食をとった。満腹になった。

20時からのショーを観るために小走りでヴィクトリア・ハーバーまで向かった。

節電の「せ」の字も感じられないバブリーな感慨を久しぶりに覚えさせられた。

2012年09月13日(木)  海外紀行

あまり詳しいことは分らないが、あくまでも仕事として香港へ行くことになった。

全日空1241便の和風ハンバーグは、近所にあるデニーズのような味だった。

香港国際空港でよく知らないPerfumeと遭遇した。エアポート・エクスプレスに乗って九龍へ向かった。青衣から九龍までを撮影したが、車内は快適だった。

九龍から無料シャトルバスに乗り換え、終点のBPインターナショナルに到着。

食事に出掛けるまでの間、1720号室でアニメの『ケロロ軍曹』を眺めていた。

きっと地元では美味で贅沢なのだろう頂好海鮮酒家で鶏の丸焼きを食べた。

2012年06月25日(月)  海外紀行

相変わらず薄暗いうちに目が覚めた。ホテルの窓から天津テレビ塔を眺めた。

少し散策しようと思ったが、せっかくネットが24時間も使えるので仕事をした。

天津十景のひとつに数えられている街並みを散策したがタバコの煙臭かった。

長さ700メートルにわたり、民芸品や日曜生活雑貨類が所狭しと並んでいた。

すぐ近くの海河だが、水中が見えないこの川で泳いでいる地元民が4人いた。

アーケード街フェチには大好物の食品街だが、筆舌に尽くし難いトイレだった。

見る分にはそこそこ楽しめるものの買おうという気にはまったくなれなかった。

使い果たして1元も持っていなかったし。マクドナルドもどことなく薄暗かった。

「巨大な蛾のサナギか?」と思いきや、油で揚げた麻花という食べ物だった。

溥儀が1927年から天津を離れる1931年まで住んでいた静園が渋かった。

近くの路地裏が趣深い。後姿の男性が熱く語ってくれたが、意味不明だった。

まだ実際に住んでいるという現在進行形が物凄い。若い4人家族を見かけた。

溥儀が紫禁城を終われ、天津で最初に移住した場所がこのレンガ色の張園。

再び天津空港。周辺一帯は大掛かりな工事中だった。では、搭乗手続きへ。

そろそろヨーロッパ圏へ行きたいのだが、今のところ5泊以上の日程は仕事に支障を来たすので無理かも知れない。ここ数年の旅先はアジアが続くだろう。

2012年06月24日(日)  海外紀行

中国では水の心配をしていたが、なぜか異様なほど胃腸の調子が良かった。

老人たちの憩いの場である天壇公園では太極拳などで汗を流す人々がいた。

そこに圧倒的な存在感を誇る祈年殿があった。私が住んでいる町は祈年町。

親しみを覚えた。瑠璃色に覆われた屋根や朱色と金色の壁面が眩しかった。

建物には釘を使用せずに柱のみで支えてあった。昔の中国人は素晴らしい。

祈年殿東配殿には祈年殿の資料が展示されていた。祈年殿西配殿もあった。

少し逸れた場所には廃墟のような古めかしい建物と防火用の水瓶があった。

この中で愛新覚羅の末裔が書と絵を描いていたが、本当にそうなのだろうか。

少しばかり雨模様の天安門広場。人民英雄記念碑の向こうには人民大会堂。

毛沢東は、中華人民共和国の建国をこの門の上から世界に向けて宣言した。

故宮の正門である午門だが、さすがに日本の城郭の虎口とは大いに異なる。

アンティーク調の自動販売機が2機並んでいたので気になって仕方なかった。

映画『ラストエンペラー』の中で愛新覚羅溥儀が即位した舞台がこの太和殿。

10時間あっても観切れない規模なのでツタヤでDVDを借りてこようと思った。

とりあえずビールを飲んだ。胃腸は絶好調だが味覚はまったく合わなかった。

天津喜来登大酒店。100元(24時間)でネットを繋ぐと15分ほど仕事をした。

2012年06月23日(土)  海外紀行

4時半に目が覚めた。窓から電車に向かって話し掛けている自分に感動した。

ホテルの朝食も微妙に味覚が合わなかったが、とりあえず胃の腑に収めた。

万里の長城へ向かう途中、少し遠かったがバスから降りると鳥の巣を眺めた。

万里の長城(八達嶺)に完璧に着いた。必要以上に感動的でしばし閉口した。

想像よりも道幅が狭く、土曜日ということもあり世界中の人々で混雑していた。

人の迷惑を顧みず立ち止まってゆっくり撮影している身勝手な輩が多かった。

だが、そこは大和魂という名のショルダー・タックルで縦横無尽に押し切った。

今回は緩やかな北側の女坂を登ったが、次回は南側の男坂にも挑戦したい。

それはそうと上りは比較的容易だったが、下りは転びそうで普通に怖かった。

おそらく飲茶料理のはずだが、もう何を食べているのかわからなくなってきた。

当然の如く世界遺産の明の十三陵。事前学習が0だったので速攻で調べた。

いつまでも文化大革命を風化させないようにと修復していない建物があった。

十三陵の中でも唯一、定陵のみ地下宮殿が発掘されている。神秘的だった。

しかし、すべての場所においてタバコの煙臭い。明らかに意識が低い証拠だ。

シルクの家瑞華では、巧みな話術と笑顔に翻弄されて布団を買ってしまった。

夕刻の北京駅に行きたかったが、あまりに危険過ぎると知らされて断念した。

メールマガジン 砂漠に水

メールアドレス