2011年05月31日(火)  楽観日記

今日一日、限りなく目を酷使する細かな仕事と言うか緻密な作業に没頭した。

時折「今の生活をいつまで続けるのだろうか?」と途方に暮れることなどない。

2011年05月30日(月)  楽観日記

昨晩の酔い残りに揺れながら、YouTubeを眺めていたら寺尾聰と目が合った。

『SHADOW CITY』の懐かしさに冷蔵庫へ駆け寄ると森永のPARMを貪った。

2011年05月29日(日)  楽観日記

今日を盛り上げ、明日を有意義に生き抜くために喰快でミーティングを行った。

どて煮が美味しかった。この地方特有かも知れないが、真っ赤な味噌がいい。

画期的な展開について案を出し合ったが、その内容の82%は覚えていない。

2011年05月28日(土)  楽観日記

2年半ぶりに鍼治療を受けたら心地良い時間とチクチク痛い瞬間が交錯した。

生憎の雨の中、それでも銀次はリヤカーを曳きながら豆腐を売り歩いていた。

2011年05月27日(金)  完食記録

まったく食欲がないので少々心配になり、午前中に体重計に乗ったら昨晩より
1キロも減っていた。パワーも出ないので今、腕相撲をやったら確実に負ける。

そこで強引にでも押し込もうとランチを食べに出掛けた。しかし、虚しいばかり。

2011年05月26日(木)  楽観日記

辛い。「からい」ではなく「つらい」。まったく物理的にも精神的にもかなり辛い。

「辛かった」と遠い昔の想い出話形で言ってみたい。明るい曲を聴いても辛い。

2011年05月25日(水)  楽観日記

気圧のせいだろうか、まるでケンシロウに経絡秘孔を突かれたような耐え難い
激痛が、昨日の帰りの飛行機の中で私の優れた頭部と美しい首筋を襲った。

「ひでぶ」と叫びたくなるほど体調が悪く、食欲もなかった。ところで鉄板スパに
食べるラー油は合うのだろうか。残念ながらチャレンジする気力すらなかった。

2011年05月24日(火)  宿飯行脚

最終日。仕事が気になり始めたので今のところ2泊3日が限界かも知れない。

今回は一度も乗ったことがなかったので、フロントに電話をしてカートを呼んだ。

ニラカナイを後にし、駐在所を横目にミシュランで☆☆☆の川平湾へ向かった。

グラスボートに乗ったが、昨晩の大雨で海の中はほんの少しだけ濁っていた。

川平湾。さらに今日は大雨警報が発令中にも関わらず、腐るほど快晴だった。

グランヴィリオホテルに隣接する琉華というレストランで食べた冷しゃぶ御膳。

目の前のビーチ付近では、ヤモリやヤドカリたちが地味に地道に歩いていた。

遠くに竹富島が見えたが、その海と言えば昨晩の大雨のせいで茶色だった。

腹六分目以上になったので竜宮城のような入り口の石垣島鍾乳洞へ入った。

まったく期待していなかったが、凄くよかった。できれば軽く3週はしてみたい。

鍾乳洞内でのライトアップも美しかった。どうやら全国で7番目に長いとのこと。

いよいよ帰りの便に乗るために岐阜駅のバスターミナルのような石垣空港へ。

徒歩で機内に登った。那覇空港で燃料を補給した後、セントレアへ向かった。

2011年05月23日(月)  宿飯行脚

午前4時半に目が覚めた。時間がもったいないのでネットブックを立ち上げた。

その2時間後の朝陽。とりあえず今日も晴れ男パワー全開で空はOKだった。

最初に向かった場所は最も楽しみだった西表島。高速船にもすっかり慣れた。

そして待望のマングローブを臨むために仲間川へ。気持ち小雨がぱらついた。

同じ日本とは思えないほど感動した。また、淡々とした解説が印象的だった。

板根という発達した大きな根が圧巻だった極めて奇妙なサキシマスオウノキ。

次に西表島の目と鼻の先にある小さな由布島へ。汗ばむくらい快晴となった。

水牛のゴン太に腹が立つほどゆったりとまったりと由布島まで送ってもらった。

この島の人口は12名らしく、あくせくするのが滑稽に思えるくらい優美だった。

だが、激しく暑かった。自慢ではないが、私は暑さと寒さに感心するほど弱い。

金色のサナギがある蝶々園に入ったが、サウナ状態だったので25秒で出た。

そのサナギが羽化すると、金色の「き」の字の欠片もないオオゴマダラとなる。

ビーチに向かった。羽化に失敗したモスラの如く巨大なマンタが迎えてくれた。

再び西表島。これは日本最南端に立つ豊原バス停。限りなく愛おしく思えた。


※アクセス制限(dandysugiyamaがYouTubeにログイン状態時のみ視聴可能)

ラ・ティーダ西表の西表昼膳を愉しんだが、グルクンは見た目から苦手だった。

しかし、それに真っ向から挑戦した。遠くに波照間島が見えたような気がした。

次に竹富島。赤瓦とシーサーとサンゴ塀が印象的というかそれしかなかった。

人口が300名の竹富島から600名の小浜島へと慣れた高速船で向かった。

ニラカナイの436号室から幻想的な海を眺めながらネットブックを立ち上げた。

2011年05月22日(日)  宿飯行脚

発想を磨くために例年よりも少し早い入梅を迎えた八重山諸島へと向かった。

セントレアから乗り継ぎすることなく石垣島へ飛ぶJTA173から眺めた右側。

2時間半で岐阜駅のバスターミナルのような微笑ましい石垣空港へ到着した。

やはり梅雨。横殴りの雨が降っていた。どこかの国旗みたく石垣屋に入った。

石垣牛の握りを食べたが、それが飛騨であっても佐賀であっても分からない。

窓の外の雨が気になったが、空腹に任せるまま貪った。普通に美味しかった。

せっかくなので石垣島地ビールを飲んだもののキリンの生のほうがよかった。

店を出ると石垣港へ向かった。高速船は揺れることなく、とても心地良かった。

梅雨だというのにそこは晴れ男、瞬く間に大量の雲の間から青空が広がった。

小浜島へ着いた。福井県は小浜(おばま)だが、こちらは「こはまじま」と読む。

真っ直ぐに伸びた道。運転手の声がジャパネットたかたの社長そっくりだった。

NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』のロケに使われていたらしい「こはぐら荘」。

誠に申し訳ないが、私はその連ドラを一話どころか1分1秒も観たことがない。

その隣の民宿でサーターアンダーギー(3個200円)を買った。ゲットウの花。

自分の晴れ男パワーにつくづく感心しながら言われるままに高台へ向かった。

TSUTAYAに『ちゅらさん』は並んでいるのだろうか。ついていけなくて困った。

おそらく此処へは再び訪れることはないだろうと思い、記念に動画を撮影した。

驚くことに野生化したクジャクをあちこちで目撃した。白いクジャクもいるようだ。

いい感じで夕刻の5時を回ったので、2日連泊する広大なニラカナイに入った。

436号室からの眺望。ちょっと雲が薄暗いが青空もそれなりに頑張っていた。

向かって右側の2階が436号室。1階でなくてよかったと心の底から頷いた。

デイベッドが新鮮だったが昼間は1分もいなかったので1cmも使わなかった。

夕食の際にオリオンビールの生を飲んだ。地ビールより確実に美味しかった。

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