2010年06月30日(水)  楽観日記

西側の網戸にぶつかる音がした。窓の外をのぞくとコガネムシが這っていた。

昆虫を見ると童心に返った。ご幼少の頃は、ファーブル杉山と呼ばれていた。

そんな気がした。そして、篠山紀信張りの写真が撮影できたので満足だった。

2010年06月29日(火)  完食記録

震えるほどカレーを食べたくなったので、此花町にあるインド料理店へ行った。

まだ新しいラサマンダという店。その右隣には、足ツボマッサージ店があった。

扉を開けるとガネーシャが満面の笑みで迎えてくれた。私には笑顔に映った。

ガラス張りの厨房の世界では、インド人の料理人が丁寧にナンを焼いていた。

目の前には、じゃがいもとクミンのカレー。これがまた、すこぶる美味しかった。
クミンは、インド料理には欠かせないスパイスで胃の調子を整えてくれるとも。

最後にマンゴーソースのかかったアイスクリームと渋めの珈琲を堪能した。
これで1000円だった。その帰り道、100%足繁く通うことになると確信した。

2010年06月28日(月)  楽観日記

身の回りのすべてを素手で破壊したくなるほどに気が狂いそうな猛暑だった。

当然、仕事など全然はかどっていない。冷蔵庫の開閉頻度だけが多くなった。
そこで昨日、買っておいた枝豆まんじゅうを食べた。この瞬間だけ落ち着いた。

西の空に向かい、一日も早く晩秋が訪れてほしいと心から合掌した。

2010年06月27日(日)  完食記録

モーニングサービスで確実に午前中は混んでいるだろうから、午後1時半頃に
到着するようさくら珈琲へ行った。思ったとおり、最初のうちはガラガラだった。

午後2時までがランチタイムだと知り、慌てて鉄板スパゲティを注文した。
パンとサラダと珈琲と粉チーズとタバスコがついて800円とは財布に嬉しい。

緑水庵の長森店が苦にならない距離にあったので、その足で向かった。

ポイントカードが一杯になったので500円券として使えた。ちなみに、店員が
相手をしている男か女か判別しづらい人間は、どこの誰だかまったく知らない。

緑水庵には、来店した客にお茶とお菓子を提供する嬉しいおもてなしがある。

2010年06月26日(土)  楽観日記

朝からまったく仕事がはかどらず、イライラ度が天井に届きそうなほどだった。
少しでも気を落ち着かせるために頂き物のお菓子を一気呵成に食べまくった。

エルベランの金のはちみつ&生チョコふたつセット。鼻から吸引したくなった。

2010年06月25日(金)  楽観日記

浴室の電球が切れたのではない。それに電球の交換くらいなら私でもできる。

壁の中の配線の問題だと思う。業者に依頼をしたが、修理に来るのは来週の
水曜日になるらしい。この数日間は、日が暮れる前に風呂に入ることにしよう。

2010年06月24日(木)  水族列伝

まったく訪れる予定がなかったかごしま水族館。それだけに喜びも倍増した。

よく見ると桜島の火山灰がコンクリートの地面に積もっていた。

午後1時。このような狭いプールで今、イルカショーが始まったばかりだった。

だが、それは名古屋港水族館で愉しめばOKなので中座した。先へと進んだ。

すると圧巻のジンベエザメが目の前に現れた。大人気なく興奮してしまった。

こじんまりとして清潔感が溢れていた。とても居心地が良かった。

エラブウミヘビ。ウミヘビはあまり観察したことがなかったので撮影してみた。

サンゴ礁に棲む魚たち。定番の水槽だが、何気にキレイに整っていて美しい。

真鯛とウツボ。不謹慎ながら、真鯛が肉厚で最上級に美味そうに目に映った。

隣のご婦人が「食べたい」と叫んだ。タカアシガニは、そういう運命なのだろう。

どことなくと言うか、どう見ても100%神秘的なギヤマンクラゲがそこにいた。

マニア垂涎のピラルクーだけの嬉しい大型水槽が構えていた。

かごしま水族館では、世界初となるピラルクーの水槽内繁殖に挑戦している。

「1cmでも中部地方に近い場所にあってくれたら!」と心から思いたくなるほど
素晴らしい水族館だった。「二度と行けないかも知れない」と思うと辛くなった。

2010年06月24日(木)  宿飯行脚

午前4時58分。5時から入浴できる3階の露天風呂へと向かった。

左手に見えるはずの桜島は、生憎の靄で薄っすらとしか確認できなかった。

泉質が塩泉だったため、部屋へ戻るとシャワーで髪と体を丁寧に洗い流した。

朝のメールチェック。思ったとおり、大した用事もなかった。

午前7時。まだ早いのか朝食会場はまばらだった。私は4時から起きていた。

洋食にした。グアバジュースが必要以上に美味しかった。

ホテルをチェックアウトした。荷物だけはそのまま預け、史跡巡りに出掛けた。
これは、石仏十三体。数匹の猫と戯れている奇妙な男がいた。

歩いて3分後の西郷隆盛洞窟資料館。向かって左側が入り口で右側が出口。

すぐ隣には西郷隆盛洞窟。西郷隆盛は最後の5日間をこの洞窟で過ごした。

西郷隆盛が最も好んで使用した言葉「敬天愛人(天を敬い、人を愛す)」という
4文字が刻まれているJR日豊本線の城山トンネル。

腰に銃弾を受け、動けなくなった西郷隆盛は「晋どん、もうここらでよか」と言い
別府晋介の介錯で自刃。わずか49歳で生涯を閉じた終焉の地がここだった。

薩摩藩士たちを指導統率するために創設された私学校の跡。

その私学校の石垣には、西南戦争で政府軍が浴びせた銃砲弾の弾痕が今も
鮮明に残っていた。まるで『俺たちに明日はない』のラストシーンのようだった。

岐阜県大垣市と姉妹都市の鹿児島市。それは、この薩摩義士との縁だった。

悲しい歴史の上に木曽川の安全があると思うと感謝の気持ちで一杯だった。

島津家が築いた鶴丸城。今では城壁や濠、石橋だけが残っている。

西郷隆盛の銅像。この前で地元の小学生に道を尋ねられた。速攻で答えた。

遊歩道を登って城山展望台に到着した。腹が立つほど汗だくになった。

いい眺めではあったが、相変わらずの靄のため桜島がかすんで見えた。

預けていた荷物を取りに城山観光ホテルへ戻った。

すべての毛穴から汗が噴出していた。すでにチェックアウトを済ませていたが、
女性スタッフにそれとなく言うと「是非どうぞ!」と笑顔で温泉を勧めてくれた。

九州新幹線の発着点となるJR鹿児島中央駅のバスターミナルまで行った。

市営バスに乗り、かごしま水族館前で降りた。一律180円だった。

桜島フェリー乗り場の中にある味心という店で黒豚カツ丼(950円)を食べた。
わらじのように巨大なとんかつだったが、なんとか無事に完食できた。

小指1本で吐けるくらい満腹になったので、目的のかごしま水族館へ行った。
その続きは、水族列伝No.006を。

水族館を堪能した後、タクシーで仙巌園へと向かった。「西郷先生」を連発する
タクシーの運転手だった。それはそれで楽しく話を聞くことが出来た。

島津家の別邸として使用された御殿の入り口。

1500円も払ってガイドコースに参加した。なかなか趣のある別邸だったが、
屋内の撮影がNGだったのが少し残念だった。

御殿の庭から眺めた桜島と錦江湾。このような風景を見ると固定資産税という
世俗にまみれた文字が頭の中をよぎってしまうのは私が平民だからだろうか。

その背景となる山側の風景。鬱蒼とした緑が南国を思わせた。

中庭の金魚池。私だったら数匹の大ナマズを飼いたい。

1500円のその中には、お茶とお菓子の料金も含まれていた。

普通に美味しくはあったが、個人的には生ビールと枝豆がより望ましかった。

仙巌園を後にし、カゴシマシティビューの巡回バスでJR鹿児島中央駅へと。

そこから空港バスで鹿児島空港へ向かった。その後、展望レストランで休息。

19:35のJAL便でセントレアへ飛んだ。ありがたいことにこの2日間、一滴の
雨も降らなかった。直行便がなくなると辛いが、機会があればまた訪れたい。

2010年06月23日(水)  宿飯行脚

もうすぐセントレアからの直行便がなくなってしまう鹿児島へと飛んだ。

空席が目立ったJAL便。人口密度が30%程度でとてもゆったりとくつろげた。
翼を眺める私の頭の中には当然のように城達也のあの名調子が流れていた。

鹿児島上空。昨日までは大雨だったが、この2日間は雨の心配はないと言う。

午後8時を回っても薄明るかった天文館周辺。想像より遥かに繁華街だった。

城山観光ホテルに着いた。良質なホテルでスタッフの接客も素晴らしかった。

部屋は919。シングルの予約だったが、ダブルにバージョンアップしてくれた。
だからと言って、誰かが添い寝をしてくれるわけでもなかった。

夕食がまだだったので、地元の中年女性が勧めてくれた市場食堂に入った。

チープな印象を受ける店名だったが、店に入るや否や財布の厚みを確認した。

刺身の盛り合わせ。なぜか表通りには、肉系の店が多かった。

アオリイカを捌いてもらったが、値段の表記がなかったので若干、不安だった。

2010年06月22日(火)  完食記録

午前11時40分。仕事の打ち合わせかたがた加納にあるデニーズに入った。

禁煙席の一番奥の席につくと夏の焼き野菜カレー(730円)を注文した。
しかしながら、ブロッコリー、ナス、オクラなど苦手な食材がてんこ盛りだった。

午後6時40分。珈琲を5杯も飲んだし、打ち合わせにも疲れたので店を出た。

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